パルスデトネーションエンジン,パルスデトネーションエンジン

独自技術で挑戦を続ける純民間宇宙機開発会社

PDエアロスペース株式会社  View Company Info

ジェットとロケットの切り替えエンジンで、安く安全に宇宙へ。

小さなガレージ、わずかな技術者で、宇宙機の開発に挑戦している日本のベンチャー企業がある。PDエアロスペース社(以下,PDAS)は、従来は相容れなかった「ジェット燃焼」と「ロケット燃焼」を一つのエンジンで両立させる独自技術で、宇宙ビジネスの開拓を目指す。代表の緒川修治氏に、その挑戦の現状を紹介してもらった。

 

ベンチャーが宇宙ビジネスに挑戦

これまで宇宙は国家主導の研究開発対象の場であったが、今や民間が独自にビジネスの場として取り扱う時代となってきている。米国を中心に、民間レベル、特にベンチャーによる宇宙機開発、宇宙ビジネスへの展開が急速に進んでいる。その多くはIT長者によるもので、開発手法や機体コンセプトも従来のそれとは大きく異なるものが多い。インターネットや情報技術の分野だけでなく、宇宙分野でも、ベンチャーらしい発想の大胆な転換により、技術もビジネスも大きく飛躍する可能性が出てきている。

飛行機と宇宙機とは、燃焼形態の違うエンジンが使用されてきたため、これまでは別々に取り扱われてきた。しかし、より効率的に、そして安全に宇宙空間に到達したり、行き来したりするには、両者の長所を活かし、融合させることが望ましいだろう。誰もがそう考えるが、それは理屈であり不可能だと考え、実際に取り組もうとしてこなかった。

そんな無謀な技術の開発に、私たちは挑戦している。IT長者でもなく、広大な砂漠を有する開発環境があるわけでもない。従業員2名、小さなガレージしか持たないベンチャーである。パルス燃焼の特殊性に着目し、速度0からマッハ5までの幅広い速度作動領域と、空気吸い込み(ジェット燃焼)と搭載酸化剤使用(ロケット燃焼)の両方を1つのエンジンで切り替えて動作させる「燃焼モード切替エンジン」の開発に取り組んでいる。無い無い尽くしの状況の中で、宇宙分野でのブレークスルーに試みる、その挑戦の現状を報告したい。
<パルスデトネーションエンジン>
PDASの社名の一部となっているPDとは「パスルデトネーションエンジン」を指す。それほどPDAS社を語るのに欠かせないこのエンジンは、どんな特徴を持っているのだろう?

宇宙へ行くのに不可欠なものは何か?誰でもその答えは容易に出てくる。それはロケットだ。なぜ宇宙へは、ロケットでなければ行けないのか?航空機に多く使われるジェット機のエンジンは、空気を圧縮して利用するため、地表を離れれば離れるほど空気が薄くなって機能しなくなるためだ。一方、ロケットエンジンは、燃料と、それを燃やすための酸化剤を大量に積み込んで、それらを反応させた燃焼ガスを放出して速度を得るため、空気の無い宇宙でも機能する。

さて、ここで宇宙という言葉が出てきたが、地表からどれくらい離れると宇宙なのだろうか?明確に定義されているわけではないが、慣習的には地上100km以上を宇宙と呼ぶ事が多いので、この記事でもそれに従おう。ちなみに我々のよく乗る旅客機は地上10km程度の所を飛んでいると思って頂ければよい。さて、それでは、効率よく宇宙へ到達するには、どのようにすれば良いだろうか?ここで、「宇宙に到達する」とは、人工衛星やISSのように宇宙空間に滞在する周回飛行(軌道飛行)ではなく、一瞬でも良いので宇宙(=高度100km以上)に到達する“弾道飛行”のことを指す。

弾道飛行で宇宙に達するには、概ね高度50kmまでにマッハ3程度の速度に加速し、その後はエンジンを停止させて慣性運動により上昇する方式を取る(高度100kmでは速度0)。つまり、効率よく宇宙に到達するには、高度50kmまでにいかに効率よく加速するかがポイントとなる。その一つの答えは、大気(空気)を活用することである。高度15kmまで、すなわち加速フェーズの3割は、大気が周囲にある。つまり、空気があるところまではジェットエンジン、空気が無くなればロケットエンジンを使えばよいのだ。これを実際に行い、有人の宇宙旅行を実現する目前まできているメーカーもある。このメーカーでは、ロケットエンジンを積んだ宇宙船を抱えたジェット機を飛ばし、高度15kmくらいまで上がって空気が薄くなってきたら宇宙船を切り離し、そこからロケットエンジンで高度50kmまで加速して、あとは慣性で高度100kmまで到達するという方法である。確かにこれは合理的な方法と言えるだろう。

さて、前置きが長くなったが、ここでパルスデトネーションエンジン(PDE)を登場させよう。「パルス」とは脈動、間歇を意味し、「デトネーション」とは燃焼形態の一つを表す。デトネーションは、燃焼(火炎)が伝播する速度が音速を超え、燃焼波の前方に衝撃波を発生させた状態を指す。衝撃波はそれ自体が圧縮と昇温作用を持つため、未燃ガスを瞬時に高温高圧化、燃焼させ、さらに伝播速度を加速させていく。結果、マッハ5以上の極超音速域でも作動するエンジンとなる。
(宇宙機用エンジンとしての利点 その1)
PDEのもう一つの特徴が、衝撃波による圧縮効果を活用するため、機械圧縮が不要(コンプレッサが不要)となり、単純な筒構造でエンジンが構成できる点である。

(宇宙機用エンジンとしての利点 その2)
一般的な車のエンジンはピストンを用いて空気を圧縮する。一方、ジェット機のエンジンは何枚もの羽(タービン)を使って空気を圧縮する。このような機械的な圧縮方式は、機構が複雑になる上、重量も重くなる欠点がある。動作原理もまた非常にシンプルだ。ただの筒の中に燃料と酸化剤を噴射し、混合させ、点火するのみである用いる燃料も酸化剤も、デトネーションが起る組み合わせであれば、何でも良い。エンジン内部に機械的な圧縮機構が無い為、デトネーションの衝撃によって壊れる心配がない。(宇宙機用エンジンとしての利点 その3)

これらの利点を私は宇宙機用エンジンに応用しようとしている。
結論から言ってしまうと、私の開発する「燃焼モード切替PDE」は、空気のある所ではジェットエンジンとして、空気の無い所ではロケットエンジンとして、一つのエンジンで両方の機能を持たせる事ができるのだ。地表(滑走路)から高度15kmまでの空気がある環境では、エンジンのエアインテークから周りの空気を取り込み、デトネーションを発生させる。(ジェット燃焼モード)高度15kmを越えて空気が薄くなった環境では、エアインテークを閉じ、今度は機体に搭載した酸化剤を送り込む事で、同じ燃焼室を使ってデトネーションを発生させる。(ロケット燃焼モード)こうすることで、幅広い高度領域と幅広い飛行速度域を、連続的に一つのエンジンでカバーすることができる実は、同じエンジンに空気を取り込むステージと搭載酸化剤を送り込むステージを切り替える技術自体が、PDAS社の特許となっている。これは驚くべきことである。

 

燃焼実験

このユニークなエンジンによって、母機(ジェット機)にロケットエンジンを積んだ宇宙船を抱えて2台で飛ぶ必要もなく、またビジネスジェット機にロケットエンジンを搭載して、使わないジェットエンジンをわざわざ宇宙まで運ぶ必要もない。あたかも普通の飛行機がそのままの形で宇宙まで飛んでいくことができるようになるのである。PDEは元々簡素な構造である上に、機体が一つになれば、操縦者も一人、整備スタッフや整備機材、補用品も一種類で済む。あらゆる面でシンプルになる事は明白だ。これは直ちに、低コスト化が可能であることを意味する。さらに、宇宙からの帰還時(リエントリー時)に再度ジェット燃焼モードによって、飛行機のように飛行することが出来る。上空待機が可能となり、滑走路も短くて済む。つまり、高速で滑空で降りてくる宇宙船に比べて、はるかに安全性が高まり、利用可能地が増えるという訳だ。

<開発の経緯>
開発の経緯を振り返ると、私の少年時代、にまでさかのぼる。私は小学生の頃から父が趣味で開発するパルスジェットエンジンを見ながら育った。この影響もあって大手航空機メーカーに就職。戦闘機の開発を経て、東北大学に移ってスクラムジェットの開発も経験した。そして2007年、一人でこのエンジンを中心とした宇宙開発の会社を立ち上げた。

小資本のベンチャーゆえ、大手メーカーのような豪華な設備はない。様々な加工を行うことのできる手動の工作機械や使い古された道具、手作りの装置を用いて、手探りで研究を進めてきた。この研究所には、燃焼実験用の防爆室もある。もちろんこれも手作りだ。火薬は使わないとはいえ、PDエンジン自体が爆発を繰り返している。爆発の音量も大きい。いざ実験を行う時には遠隔操作で部屋の外から電磁弁を操作し、万が一、電磁弁が故障してしまった際には、手動でカットオフができるようなレバーを握りしめている。
自分の設計したエンジンに火を入れる時の感覚は、近年セクションが細かく分かれた大きなメーカーのエンジニアには、なかなか体験できないものではないだろうか。苦労もあるが、一人で事業を進める魅力が、そこにはあるように思う。<つづく>

<前回のあらすじ>

少人数、しかも小さなガレージで、地上100kmの宇宙空間へ効率よくたどり着くことのできる画期的なエンジンを開発する、PDエアロスペースを訪ね、開発中のエンジンの特徴と、これまでの経緯を伺った。
今号では、その背景にある宇宙ビジネスと、同社がこれに対して、今後どのような展開を考えているのかを聞いた。

 

宇宙ビジネスの可能性

宇宙開発は、これまで、科学技術開発や軍事目的で国家権力が主導して行われる事がほとんどであった。
特に米ソの冷戦時代には、国家の威信をかけて熾烈な宇宙開発競争が行われ、米国は1969年にアポロ計画で月面に人を送り込む事に成功した。
その後も、通信衛星、GPS衛星、観測衛星と、大規模なプロジェクトで国家が主体となって進めていくものが中心であった。しかし近年、民間企業主体の宇宙開発、宇宙ビジネスの動きが活発になってきている。
宇宙ビジネスは、目的によって大きく「衛星などを宇宙へ運ぶ、宇宙輸送ビジネス」と「宇宙から様々な情報を提供する、衛星ビジネス」の2種類に分けられ る。宇宙輸送ビジネスでは、運ぶ物の大きさや重さ、運び先(軌道)に応じたロケットが必要であり、衛星ビジネスでは、提供する情報や用途に応じた衛星が必 要となる。
宇宙輸送ビジネスでは、オンライン金融サービス:PayPalを起業して大成功したイーロン・マスク氏は、それまでに築いた莫大な資産を元にロケット会 社、スペースXを起業し、国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送サービスを始めた。また、ヴァージン・アトランティック航空をベースとするヴァージ ングループを率いるリチャード・ブランソン氏は、宇宙旅行専門の会社:ヴァージンギャラクティック社を設立。高度100kmへのサブオービタル宇宙旅行を 計画し、現在旅行者の募集を開始している。

衛星系では、数トン、数mもある大きな衛星ではなく、100kg以下、1m立方以下の超小型衛星 を、数個から数十個、場合によっては数百個を連携させて運用するベンチャーが幾つか出てきている。地上の動きが即座にわかる「衛星動画」を提供する Skybox Imaging社(2014年6月 Googleが5億ドルで買収)、日本国内では、東大発ベンチャーとして立ち上がったアクセルスペース社が、ウェーニューズ社より北極海の航路を観測する ための超小型衛星を受注し、2013年11月に地球周回軌道へ送り込んだ。民間企業のみによる商用衛星第一号である。筆者の経営する由紀精密も筐体の製造 で、このプロジェクトに関わった。
こうした、ロケット、衛星を使った民間主導の宇宙ビジネスが今まさに動き始めている。重要なのは、他のビジネス同様、「コストと利便性」である。PDAS 社は、前号で紹介した、燃焼モード切り替え式のパルスデトネーションエンジンと、このエンジンを用いた完全再使用型のサブオービタル宇宙飛行機で、これに 挑もうとしている。
こうした、ロケット、衛星を使った民間主導の宇宙ビジネスが今まさに動き始めている。重要なのは、他のビジネス同様、「コストと利便性」である。PDAS 社は、前号で紹介した、燃焼モード切り替え式のパルスデトネーションエンジンと、このエンジンを用いた完全再使用型のサブオービタル宇宙飛行機で、これに 挑もうとしている。

 

宇宙旅行は、通過点

PDE(パルスデトネーションエンジン)は構造が簡素で あるため、製造コスト、メンテナンスコストの低減が図れる。同時に、構造がシンプルであるが故に、信頼性の向上に繋がる。そして、このエンジンにジェッ ト・ロケットの両方の機能を持たせることで、機体システムは、幅広い速度領域と高度域をカバーできるようになり、シンプルな宇宙往還機となる。現在は、主 に、高度100kmへのサブオービタル宇宙旅行を想定してきたエンジンと機体開発ではあるが、同社の狙いはそこに留まらない。
彼らは、この宇宙機に人ではなく小型ロケットを搭載し、高度100kmでロケットを発射することを計画している。この時、サブオービタル宇宙機は、繰り返 し使える再使用可能なロケットの一段目となる。これまで使い捨てだったロケットが再利用可能になるため、ロケットのコスト、即ち衛星の打ち上げコストを大 きく低減できることになる。

しかも、彼らの機体は、航空機スタイルのため、垂直に打ち上げるロケットとは異なり、打上時の気象条件や周辺の 環境条件などの制約を緩和できる。さらには、様々な軌道傾斜角への投入が可能となり、利便性の向上に繋がる。低コストで大量の物資を軌道上にもっていく事 ができれば、宇宙空間に大規模な建造物、例えば、宇宙太陽光発電所、を建設することが現実のものとなるかもしれない。このエンジンを応用して、SSTO (Single Stage To Orbit)、要するに、ロケットの空中発射も無くして、一つのシステムだけで衛星等を地球周回軌道に投入することが出来て、さらに再利用ができれば、ま さに夢の技術となる。彼らの構想は、そんな期待も抱かせる。

 

解決すべき課題

一つのエンジンで地 上から高度100kmまで到達することが可能なこの方式。特許も取れて成功を手に入れたように思えてしまうが、技術開発としてはまだまだ課題は多い。現状 では、純酸素ガスを使ったロケットモードでのデトネーションには成功しているが、大気中の空気を利用するジェットモードでの実験ではデトネーションを起こ すまでに至っていない。
また、この技術のキーである燃焼モード切り替え機構も、まだ開発中である。仮に、切り替え実験が成功したとしても、作動周波数のアップ、長時間の安定作動や、機体に載せるための軽量化などの次から次へと課題への対応が必要となる。

開発のための、人員不足、資金不足、実験環境不足と、ないないづくしのプロジェクトである。日本では、ベンチャー企業は育ちにくいと言われている。資金の流れもあるが、リスクを冒して、挑戦する気概を持った人が少ない気がする。日本人の民族性なのかもしれない。
これまでたった一人で、取り組んできたが、昨年、新しく技術者が入ってきた。大手航空メーカーで経験を積み、かつベンチャー気質も持った青年である。外に も、ボランティアベースで、このプロジェクトに参加している人達がいる。資金も、大手、中小を含め様々な企業がプロジェクトを支援してくれている
緒川さんは、「無いなら無いなりに、やりようを考えればいい。無いを言い訳にしていても、何も始まらない。」

ちょうど、キーテクノロジーとなる、燃焼モード切り替えの機構部分を前に、緒川さんと技術屋の議論が始まった。
「こういう構造にすれば加工が簡単になるのでは?」「剛性は平気か?」「流量は十分か?」「アイデアはさらに特許化できるのでは?」こういった議論は一晩中やっていても飽きない。
筆者もそうかもしれないが、緒川さんも、やはり技術のアイデアを語っているときが一番楽しそうである。
こういう話をしているだけで技術ができてしまえば苦労しない。
「いかに効果的に、限られたリソースで進めていくか?」
宇宙ビジネスも、地上のビジネスも、ここがポイントであることに何ら違いは無い。

PDエアロスペース株式会社

独自技術で挑戦を続ける純民間宇宙機開発会社
本社住所:愛知県名古屋市緑区有松3519番地
TEL/FAX:52-621-6996
代表取締役: 緒川 修治
設立:2007年
オフィシャルサイト:www.pdas.co.jp

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